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ジョン・ファーバー(子) John Faber The Younger (1684-1756) 『アナスタシア・ロビンソンの肖像』 Portrait of Anastasia Robinson 1727年制作 米国,サンフランシスコ美術館 Fine Arts Museums of San Francisco, USA |
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写真が発明されるまで、版画は広告媒体として広く利用されました。この『アナスタシア・ロビンソンの肖像』でも、明らかにブロマイド的な雰囲気が感じ取れるように思えます。 モデルのアナスタシア・ロビンソン Anastasia Robinson (c.1695-1755)は、オペラのアルト(コントラルト)歌手でした。彼女は、ヘンデルの成功したオペラである「ジュリオ・チェーザレ Giulio Cesare」の初演時(1724年:ロンドン)に、コルネーリア役をしたことで知られています。 ただし、彼女は「ジュリオ・チェーザレ」の直後に歌手としては引退しているので、この2段鍵盤のチェンバロを弾いている肖像画自体は、ピーターバラ侯爵夫人としてのアナスタシア・ロビンソンということになりそうです。 アナスタシアは、ピーターバラ第3代侯爵チャールズ・モードント Charles Mordaunt, 3rd Earl of Peterborough (1658-1735)の2度目の妻として、1722年に密かに結婚をしていました。けれど、引退するまでは別居状態だったので、歌手としての現役当時は愛人と見なされていたようです。 版画を制作したジョン・ファーバーは、オランダのハーグで生まれました。彼の経歴はあまりよくわかりませんでしたが、同名の父親と共に1687年にイギリスに渡ったと思われます。父親も版画家で、イギリスにメゾチントと呼ばれる凹版技法を広めた版画家のひとりとして知られています。 ジョン・ファーバーはその父に教えを受け、同時代のイギリスでは、最も有名なメゾチント版画家であったようです。ロンドンのポートレート・ギャラリーには、彼が直接制作したものや、彼の作品をもとに制作されたと思われる肖像版画が、500点以上収められています。 (2007/11/07)
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